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お金とは何だろう?
私たちは学校教育で、充分なお金の知識を教わりません。それどころか、完全に間違った知識を教えられることすらある。「お金の本質」はその最たるものだ。
お金とは何か?一般的には、お金には3つの機能があると言われている。交換の手段、価値の尺度、価値の保存だ。この定義は、おそらく経済学者ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズが1875年に著した『Money and the Mechanism of Exchange(貨幣と交換機構)』に端を発するものだと思われる。
お金の経済的機能の側面だけを見れば、この定義は正しい。だが、機能が分かっただけでは、お金の本質が分かったことにはならない。同じ「空を飛ぶ」という機能を持っていても、鳥の翼と昆虫の羽根は本質的にまったく別のものだ。
鳥の翼と昆虫の羽根の違いを理解するには、その起源をたどればいい。前者は脊椎動物の前肢が進化したもので、魚の胸びれや哺乳類の前足、私たちの腕と同じ起源を持っている。一方、後者は環形動物や節足動物の各体節にある附属肢が形を変えたもので、ゴカイの毛やムカデの足、カニのハサミや触角と起源は同じだ。
では、お金はどうだろう。お金の起源をたどれば、その本質が分かるだろうか?
お金は物々交換から始まったのか?
お金の起源について、たいていの人は次のように教わっただろう。
有史以前の世界にはお金は存在せず、人々は物々交換によって日々の生活に必要なものを手に入れていた。ところが人口が増えて社会が複雑になるにつれて、分業が進み、物々交換だけでは不便になった。そこで、いつでも交換に使える商品──金や銀のような──を選び、それをお金として使うようになった。
これはアリストテレスの時代から唱えられている由緒正しい学説だ。
ジョン・ロックも『統治二論』のなかでこの説を提示しているし、経済学の父アダム・スミスも『国富論』で以下のように書いている。
しかし、分業が起こり始めた時点では、このような交換にかなりの障害があったはずだ……たとえば肉屋が、自分が必要とする以上の肉を店に持っており、酒屋とパン屋がその一部を手に入れたがっているとする。酒屋もパン屋もそれぞれの仕事で生産したものしか持っておらず、肉屋が当面必要な量のビールとパンを持っていれば、互いの商品を交換することはできない……このような状態から生まれる不便を避けるために、分業が確立した後、どの時代にも賢明な人はみな、自分の仕事で生産したもの以外に、他人が各自の生産物と交換するのを断らないと思える商品をある程度持っておく方法をとったはずである。
そして、その「商品」が金や銀のような貴金属であり、お金であったというわけだ。アダム・スミスは自説の証拠として、スコットランドの高地では釘などの商品が交換手段として使われていることを紹介した。
スミスは天才だった。しかし、お金の起源に関するこの部分は完全に間違っていた。
当時のスコットランドの釘職人はきわめて貧しく、釘の原材料を関連業者から提供してもらうしかなかった。それどころか、日々の生活費まで関連業者に融資してもらっていたという。つまり釘職人たちは、釘を交換手段として使っていたのではなく、完成した釘で債務を返済していたにすぎない。
スミスは貨幣の起源を発見したと思っていたが、実際には信用取引の仕組みを見つけただけだった。
経済の根幹は物々交換であったことはない
ケンブリッジ大学の人類学者キャロライン・ハンフリーは次のように結論づけ、
物々交換から貨幣が生まれたという事例はもちろんのこと、純粋で単純な物々交換経済の事例さえ、どこにも記されていない。手に入れることができるすべての民族誌を見るかぎり、そうしたものはこれまでに1つもない。
さらにアメリカの経済人類学者ジョージ・ドルトンは次のように言う。
われわれが信頼できる情報を持っている過去の、あるいは現在の経済制度で、貨幣を使わない市場交換という厳密な意味での物々交換が、量的に重要な方法であったり、最も有力な方法であったりしたことは一度もない。
もちろん、私たちがまったく物々交換をしないと言ったら嘘になる。交換の一手段として物々交換を行ってきた部族は多いし、現代人だってときには物々交換を行う。
マジック・ザ・ギャザリングのようなトレーディングカードの存在がいい例だ。私は不要になった《極楽鳥/bird of paradise》のカードを友人にプレゼントし、その見返りとしてご飯をおごってもらったことがある。
ヒトは物々交換をする動物だ。しかし、物々交換が社会と経済の根幹をなしていた時代はない。少なくとも、経済学が射程にとらえる数万~数千年前から現代までの間には、そのような時代は見つかっていない。
お金より先に債権・債務があった
お金はいつ生まれたのだろう?
紙幣としてのコインが登場したのは、紀元前7世紀ごろのリディアというのが、西洋では定説になっている。ギリシャ神話の女神アルテミスを祭った神殿から、金と銀の合金で作られたコインが出土したのだ。
紙幣の本質とは信用取引である
1929年にニューヨークのウォール街から始まった世界恐慌の影響で、1931年には日本は紙幣と金貨との交換を停止した。1942年に公布された日本銀行法により、名実ともに金本位制を離脱し、現在につながる管理通貨制へと移行した。
もはや金と交換はできないが、今でも1万円札には1万円の価値がある。なぜなら、私たちがその紙切れに1万円の価値があると信じているからだ。何とも釈然としない答えだ。しかし、これが現実だ。
1万円札で1万円分の買い物ができるのは、私たちみんながそれを1万円だと信じているからだ。預金通帳に記された100万円という残高に価値があるのは、そこに100万円の価値があるとみんなが認めているからだ。
貨幣の本質は信じる心、すなわち信用である
しかも単なる信用ではない、譲渡することが可能な信用である。メソポタミアの人々が実際の大麦や銀ではなく、粘土板で取引を決済するようになったとき、彼らは自分たちの成し遂げたことの意味を理解していただろうか。
世界を見渡せば、お金の素材はどんなものでもかまわないと分かる。インド洋のモルディブでは貝殻が通貨として使われたし、太平洋のヤップ島では巨大な石貨が使われていた。現代の私たちは銀行のコンピューターに記録された電子データを「お金」として利用している。
私たちは進化の過程で脳を発達させ、複雑な社会をつくってきた。そして、誰かが誰かに「借り」を作り、その「借り」を第三者に譲渡できるレベルまで進化したとき、すべてが始まったのだ。
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