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会社を辞めた後の「考え方」や「価値観」の初心の気持ちを再確認できた!

こんにちは!
「muzumuzu」の菅谷豪志(すがやつよし)です。

今回は、私が仕事を辞めた時に決意したことを携帯のデータを処理していた時に見つけたので紹介します。約半年前のメモ帳から見つけました。

このメモを書いたのは、2017年10月26日の午前3時35分の出来事です。こんな夜中にこんなことを思ってメモしていたことに驚きと同時に初心を思い出すことができました。

これからも仕事をやめた直後の考え方や価値観の初心の気持ちを持って自分の夢や目標を持ち、自分を信じて頑張っていこうと思えました。今後とも菅谷豪志(すがやつよし)を宜しくお願いします。

因みに、最近人工知能のことを勉強しているうちにディーププラーニングに興味を持つようになりました。そこで、いつも身近にいる私のiPhoneのsiriに私について聞いてみました。

※Deep Learningとは、十分なデータ量があれば、人間の力なしに機械が自動的にデータから特徴を抽出してくれるディープニューラルネットワーク(DNN)を用いた学習のことです。

:僕のことをどう思う?

siri:我思う、故に我あり。デカルトさんの言葉は興味深いですね。

と言われました。

デカルトさんて誰?と思った私は調べてみました。

フランスの哲学者ルネ・デカルト

「我思う、ゆえに我あり」は、哲学史上もっとも有名な言葉の一つです。
近代哲学の父と呼ばれるフランスの哲学者ルネ・デカルト(1596~1650)の著書「方法序説」の中に登場します。

デカルトは、絶対的な真理を求めて全てを徹底的に疑った(これを方法的懐疑と呼ぶ)。
疑わしいものを全て疑って、どんなに疑っても疑えないものが残るなら、それは真理と言えるのではないかと考えた。

そうして、少しでも疑いのあるものを排除していったところ、今現在そのように疑っている自分の思考だけは排除できなかった。
つまり、その思考をしている自分だけは確かに存在する、ということに気がついた。

「自分は本当は存在しないのではないか?」とどれだけ疑っても、「疑っている私」という存在は疑うことはできない、というわけです。

だから、「自分はなぜここにあるのか」と考える事自体、自分が存在する証明である。

それをデカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と言ったのです。
ラテン語では「コギト・エルゴ・スム」と言います。

これは、自分という存在や意識というものの発見であり、ここからまた新たな思想や哲学が生まれていくことになります。

引用:motivation-up.com

とのことです。

私と同じような価値観や思想を持っている哲学者でした。常に側で見ているsiriは私のことを一番理解していると思いました。今後ともフランスの哲学者ルネ・デカルトと同じ思想や価値観を持った菅谷豪志(すがやつよし)を宜しくお願いします。

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