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ニートだっていいじゃないか!一攫千金叶えるかもしれない!

ニートは散々テレビや雑誌などのメディアで叩かれています。社会のゴミの様な扱われ方です。ですが少し違った見方をすればニートでも一攫千金狙えるかもしれません。狙えるかもしれないではなく、「ニートの方が狙える確率が高まる」のです、ニートからの大逆転の一例を紹介します。

ニートとは、就学・就労・職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており、「若年無業者」と呼称している。

ニート – Wikipedia

石川義樹(元2年間ニート)

あらためて自分の人生を考えたときに、ひと言で言うと、「逃げてばかりいたな」というのがあります。(中略)あまり考えないようにして逃げていたら、大学を卒業して僕はニートになったんです。

当然なんです。なんとかなると思っていたんですけれど、ならなくて(笑)。ニートを約2年間ぐらいやっていました。ニートをやっていると、ニートの友達ができるんです(笑)。本当ですよ、みなさん。

社会人になった友達とは畏れ多くて会えなくなります。ニートの中にもアクティブなニートとそうでない引きこもりのニートがいて、僕はちょっとアクティブだったんです。アクティブなニートはだいたい夜のファミレスに集まるんですよ。集まって「お疲れっす」と言うと「いや、疲れてねえよ。ニートだし」という、そんなことをやるんです。

楽しいなと思っていたら、ちょうどその日、先輩が来るからといって、30代くらいの先輩のニートが来たんです。その先輩に「お疲れっす」といつものように言ったら「いや、本当に疲れているよ、人生にな」みたいな。その先輩が教えてくれたのが「20代のうちはまだいい。30代でニートやっていると、いよいよ社会復帰は難しいぞ」と言われて。僕はそこで初めて考えたんです、「これじゃあ、まずい」と。ただ、一度ニートになると、日本社会では復帰が非常に難しいです。これはもう日本から逃げるしかないなと思って、海外に行こうと思ったのがきっかけです。

溝口勇児(元ニート)

まず僕がどういう家庭環境だったかというと、おやじは孤児院生まれで、両親とか親戚が一人もいないんですね。孤児だったので。母は高校退学していて、相当悪かったみたいな。私は19歳のときに、できちゃった婚で生まれた子でして、3歳のときに父とは喧嘩して別れて、一度だけお会いしたことがあるんですけど、それ以来貧乏な生活を余儀なくされました。母は高校を退学させられたものですから、親戚一同から勘当されていて、僕は親戚が母の妹と、兄貴しかいなくてお年玉も毎年3000円以上もらったことがなくて、そんな環境で育ったというのがあります。

大学進学というのは考えたこともなくって、高校生のときに佐川急便に就職が決まっていたんですけど、あまりにもおもしろくなさそうで、前職のスポーツクラブに入社して、17歳の時からトレーナーとして仕事していました。もともとプロのスポーツ選手になりたいというのもあったんですけど、せめてプロのスポーツ選手のトレーナーになろうと思って。けっこう大胆に踏み込む性格だったので、19、20、21歳のときにプロ野球選手とプロバスケットボール選手と契約して一緒に仕事をしてきました。これが非常に日陰なんです。相手は同世代なんですけど、年収何億円とかもらっている人たちなんで。そうなると、自分がこのままでいいのかなと思えてきて、経営のほうにどんどんシフトしてきたんです。

24歳ぐらいのときに、自分の中では大きな挫折があって、今のままじゃだめだと。力がなければ助けたい人を助けたいときに助けられないという、自由じゃないんです。力を得るためには起業して頑張ろうと。どうせ起業するならちゃんとケツ決めようと。ですから私はそれから3年で、生まれてから10000日目に会社を登記したんです。人生は30000日って言われていて、だいたい81歳なんですよ。だから3分の1で登記して、そこから10000日は起業家として頑張っていこうと。

吉田浩一郎

もともと劇団で食べていきたかったんですけど、契約のミスがあって200万くらい学生時代借金を抱えて、それを機に演劇をあきらめたんですね。(中略)当時私、大人計画という、クドカンさんとか阿部サダヲさんの、あそこの照明スタッフとかやっていたんですね。あのとき、宮藤官九郎さんの『終わりなき日常』を見ていて、「これを毎日続けるのは俺には無理だ」と思って、演劇をやめたりとか。カメラをやってみたんだけどぜんぜん評価されなかったりとか、同人誌書いたんだけど、コミケでぜんぜん売れなかったりとか、けっこうあきらめたんですよ。でも経営だけはあきらめなかったんですよね。

20代のサラリーマン時代は、ずっと「マネージャーに向いてない」って言われていたんですよ。それで、マネージャーをやってみたら事務の女性が総スカンで、「あなたの仕事はやりたくありません」ってボイコットされたり(笑)。ドリコムに入って執行役員をやっていたんですけど、「お前は経営者に向いてない」ということで、上場後に執行役員から降ろされたり(笑)。けっこう挫折だらけなんですけど、経営だけは、どうしてももう1回チャレンジしたいみたいな感じで。なんかたまたま続けられたんですよね。

成功の陰に挫折あり。自分の現状を打開したいという人は、まず小さなチャレンジから始めてみましょう。

 

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