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「禅」は地球のバイブルだ 

日本の宝である「禅」を取り上げて日本の素晴らしさを紹介します。またオススメの本もありますのでそちらも紹介します。

「禅」は世界のバイブルだ

(ぜん)は、大乗仏教の一派である禅宗(ぜんしゅう)の略、もしくは、サンスクリット語の dhyāna (ディヤーナ)の音写、那(ぜんな)の略である。また坐禅(座禅)の略としての意もある。本項では宗派についての禅宗について述べる。

禅 – Wikipedia

一つ禅についてのエピソードを紹介ます。そのエピソードとは、戦前の日本でドイツ人のオイゲン・ヘリゲル氏阿波研造に弓道を通して禅を学び、人生が豊かになったエピソードです。私はこのエピソードを聞いて禅を学んでみたいと心から思いました。というのも、かの有名なスティーブジョブズも禅を学び愛読しておたので、再び日本の全が注目されてきました。禅についてわかりやすく説明します。

  1. 禅はどこにでも存在する
  2. 禅は武道に浸透している
  3. 武道は世界で唯一宗教(禅)がある
  4. 武道(禅)を磨けば磨くほど、殺人の能力が高まるが、仏にも近く

オイゲン・ヘリゲル氏

オイゲン・ヘリゲルは、ドイツの哲学者。海外では日本文化の紹介者として知られている。

オイゲン・ヘリゲル – Wikipedia 

阿波研造(あわ けんぞう)

阿波研造(あわ けんぞう、 1880年 – 1939年)は、日本の弓術家。弓聖と称えられる。 目次. [非表示]. 1 経歴; 2 門弟; 3 人物; 4 エピソード; 5 参考文献 … 弓と禅』では、 オイゲンヘリゲルを初めとする弟子達の前で、殆ど目を閉じた状態で放射している( オイゲンが筋肉を触ったところ、筋肉にも力が入っていなかったと証言を記している)。

阿波研造 – Wikipedia

禅と武道

弓道は、単なる武芸やスポーツではない。その目的は、精神を練磨させることで、超越的な”それ”と一体になること、その境地に到達すること。禅の「奥義」や「真理」へと至ること。

技術的な側面ではなく、内面的、精神的なものに重きを置いているため、武道を嗜んでいる人でなくても得るものは多いと思う。

墨絵や生花にも、同じことが言える。名人においては、彼の精神が形作られるのと同時に、文字通り「間髪を入れず」に手が動き、精神に浮かぶものに形を与える。

弓道は昔から、精神的なものであった。禅の本質と結びついていた。事実、剣道や書道、華道にも、同じ精神が息づいている。剣道の奥義は、弓道と同じく、無心。剣の使い方を意識すればするほど、それは下手となる。

オススメの本「弓と禅」

著者がドイツ語で出版したものを、その教え子が邦訳したのが本書。口語体ではあるのだが、現代の感覚からすると文体が古い印象を持つ。そのため取っ付きにくくはあるが、内容そのものは小難しくはない。著者の修行の過程を描いており、具体的な記述が多い。どのような課題に取り組み、どのように苦しんだのか。だが、技術的な側面ではなく、内面的、精神的なものに重きを置いているため、武道を嗜んでいる人でなくても得るものは多いと思う。

私も含めて大多数の人は、禅の道に入門するつもりはない。苦しい稽古の日々を送るつもりはない。それならば、禅について知る必要がどこにあるだろうか。なぜそれを学ぼうとするのか、その精神を感じ取ろうとするのか。人それぞれだろうが、自分の場合は、自分の生きづらさを解決してくれるような気がしたからです。

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